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学部FD活動を支えるもの広瀬 信雄 わざわざFDという聞きなれないことばを用いるまでもなく、自分の講義や演習の進め方について考えることは誰にでもあるし、必要なことである。教師教育や教授学という立場から言えば、「自分が大学生の時、教わったやり方で、今自分の前にいる教え子(学生)に教えようとしても、うまくいかない」ことは、経験的にもよく知られ話題にされることである。少し正確に言うと、自分が学んだプロセスと同じものを学生に与えても、教育活動はうまくいかないものである。学生たちは自分と同じようには育たないのだ。だから研究者は今の学生の実態に合わせて、教えようとする事柄を自分が消化して新たに工夫し、伝え、習得させることを自分の仕事の一部と考える。 以上のことを、研究外のこと、自分の講義とは直接関係のないことと思っていると、研究業績がどんなにすばらしくても、それがそのまま学生には伝わらない。「先生の『背中』をみていれば学生が自然と育っていく」ような大学時代ではなくなっているのだろう。 目を全国に転じよう。学部数の多い大規模国立大学では、全学的FD活動が盛んなところもある。全員参加の合宿研修、講演会、分厚い報告書、…。外部評価を意識したトップ・ダウン方式によるものである。“FDセンター”のような設置をみた大学もある。 本学の場合、三学部いっしょでそのようなことが可能で必要なのだろうか。FDが日常化するのであろうか。 これまで2年間、教育人間科学部として行なってきたFD活動、とくに公開していただいた講義は配慮や工夫、そしてなにより個性にあふれ、参加して実に楽しいものであった。けっして一方通行の講義ではなく、学生との双方向コミュニケーション、対話・意見交換が確実に保持されていた。大学の講義は一方的で旧態依然としたものだという巷で言われているようなものとは違って、本学部の授業方法のレベルは高いと思う。その教育人間科学部の特性を大事にし、授業改善を日常化したい。 -1-
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今年度第3回目のFD研究授業として、1月30日(金)沁梃タに、中村享史教官の講義「初等数学科教育学」を公開していただいた。会場のK229教室には沁梃タの開講にもかかわらず、前回を上回る12名の参加者があった。 授業のテーマは、「算数の授業で積極的に電卓を使用すべきであるか、否か」。授業方法はディベート・トークである。テーマ、トークの組み立て法、判断の拠り所等の説明の後、40名程の受講生の中から論陣を張る賛成派・反対派4名ずつの代表が抽出されて、討論が行われた。 討論終了後、分数の通分や割り算の余りが計算できる小学校用の電卓が各自に配られ、電卓を使用した数学教育の一面が示された。 講義の後、短い休み時間の中で、中村先生を囲んだ参加教官によるミーティングが行われた。 数学的活動を体験させる授業数学教育講座 中村 享史 初等数学科教育学の最初の授業には、「おもひでぽろぽろ」のビデオを見せる。分数のわり算の場面である。主人公は、算数が苦手で分数のわり算ができない。「なぜ、分数のわり算はひっくり返してかけるのか」ということにこだわって機械的な計算をしないため、テストの成績が悪いのである。このビデオを見せた後、学生に感想を書かせる。学生の反応は、大きく分けると3つある。一つは、自分も同じようなことを思ったという共感型である。二番目は、算数の計算は形式で機械的にすればいいという手続き型である。そして、もう一つは、初めてなぜそうなるのかと疑問を持ったという困惑型である。 ここに学生の算数授業観がみえてくる。それは、これまでに受けてきた算数・数学の授業で培われてきたものである。算数を学ぶ立場から教える立場への変換は、自分の授業観に対する反省が大事である。初等数学科教育学の授業を通して、「なぜ算数を学ぶのか・教えるのか」という問い対する自分なりの答えを見いだしてほしいのである。 初等数学科教育学の授業では、問題を自分なりに解いてみること、実際にものを作ること、ビデオに録画した実際の授業の様子を見ること、デジタルカメラで記録した作品を見て批評することなどを取り入れている。これは、学生に数学的活動を体験させたいからである。
算数の問題の答えを出すのは簡単であるが、多様な解決の仕方や誤答を予想するのは難しい。教師の力量で大切なことは、子どもの反応を予想することである。それは、正答だけでなく、誤答も含んでいる。正答だけに慣らされてきた学生に誤答の大切さを知らせたい。 平面や空間観念を培うには、具体的な作業が大事である。そのことを実感するために、頭の中だけで平面や空間を考える場合とパターンブロックやポリドロンという教具を用いて操作をして考える場合を体験させる。そこから操作活動の大事さを実感させたい。 -2-
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公開した授業は、「算数の授業で電卓を積極的に使用すべきである」をテーマにディベートを行った。自分の経験や電卓に関する文献をもとに賛成・反対の立場から意見を述べる。それを聞いている学生も自分の調べてきたことと関わらせて、仲間の意見発表を評価する。ディベートの後、分数のたし算やかけ算ができたり、わり算のあまりが出たりする電卓を持たせて、様々な計算を体験させる。そこから数についての不思議さを味わうという展開の授業であった。 授業後の協議で、学生への働きかけや授業で扱った課題の追求の仕方など、様々な点から話し合いができたのは、とても有意義であった。多くの先生方の視点から授業に対する意見が聞けるという経験は自分自身が反省的実践者として成長するよい機会であると思う。大学での授業研究がもっと盛んになることを願っている。 中村先生の授業を受けてみて英語教育講座 田中 武夫 優れた授業の共通点は、「本質的な課題を学生に自分の頭で考えさせている」かどうかであるということを、中村先生の授業を見て再確認しました。私自身の授業を振り返ってみると、あれもこれも必死に教えたわりには、実際にやらせてみると学生が何も学んでいなくて愕然としたことがよくあります。一つ一つの授業を振り返ってみると、自分の話す時間が長すぎて、学生が話したり考えたりする時間が少ないという授業をすぐに思い出します。授業中に配布した資料でいっぱいになるということも度々ありました。自分が知っていることすべて教えてしまわないと気がすまなかったのかもしれません。しかし、中村先生の授業では、教師が司会者のごとく学生に働きかけていました。教師の話す時間が短く、その代わりに、学生に考えさせ発表させる時間が長いのです。ディベート形式で、「小学校の算数に電卓は必要であるかどうか」を討論させ、算数に関わる本質的な課題に気づかせようとする授業です。 概論に徹し重要概念を浅く広く指導すべきか、本質的な論点を含む具体的事例を学生に提示し実際に学生に考えさせる狭く深い指導をすべきか、という問いは教師にとって究極の課題である気がします。中村先生の授業は、紛れもなく後者を選択した授業でした。前者のタイプは効率的かつ包括的に重要概念を理解させることができ、後者のタイプは本質を自分の力で深く考えさせることができる点で優れています。私自身、どちらのタイプの授業がよいか答えは見つかっていませんが、今一度、自分の授業で自分が教えたいことは何か、教えようとする本質とは何か、その本質に気づかせるために教師に何ができるかをしっかりと考えた結果、どちらのタイプの授業を行うべきかを考えてみようと思います。中村先生の授業は、そのようなことを考える良いきっかけになる優れた授業でした。 初等数学科教育の授業を受けて障害児教育コース(2年) 真壁 理恵 この授業は必須科目のひとつであったのですが,指導要領の内容を詳しく説明していただき,よく理解できました。授業では板書や先生の詳しい説明,時にはビデオを使っての授業は頭に残りやすかったです。ただ板書がとても早く多いので,黒板を写すことに集中してしまい,きちんと聞けない部分もあり残念でした。また,課題として指導要領の内容をまとめるものも,課題を聞いた時は,正直大変そうで嫌だなと思ってしまったのですが,今になって考えると,指導要領を詳しく読むとても良い機会になったと思います。実際に小学校で使っている教材を使ってみたり出来たことは,実際に教壇に立った時に役に立ちそうだと思いました。 -3-
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この授業の中で,特に印象に残っている授業が,1月30日のディベートの授業でした。偶然にも私は選ばれて,みんなの前でディベートをしました。日頃こういう経験が余りないのでとても面白く,また短時間でみんなの意見をまとめることの難しさや,相手を納得させられるような論を立てていく勉強になったと思います。ただ,たった一回の授業ではあまり多くは学べないし,一度だけの体験的なものになってしまうと考えられます。しかも選ばれた8人以外はどうしても傍観的になってしまい,実感が湧かなかったと思います。やるのなら,全員やるとか,もう少し多くの人が体験できればいいと思いました。 この授業を受けて,いままでは数学という授業を受ける側からの視点しか分からなかったのですが,教える側の視点を学べたと思います。 享史先生の「初等数学科教育学」に参加して数学教育講座 中村 宗敬 中村享史先生とは同じ数学教育講座の所属であるが、紛らわしいことに私の姓も中村。学生は専らそれぞれ名前で呼んでいるので、今回は私もそれにならって享史先生と書かせていただくことにする。享史先生の授業に関しては学生の多くからも肯定的な評価を学生から常々聞いている。また講義室が近いせいもあってドアを開け放っておくと、授業時の享史先生の朗々とした声が私の耳にまで届く。人を惹きつけるお話上手ぶりを遺憾なく発揮しておられるんだろうな、と常々うらやましく思っていたところである。そんなわけで今回享史先生の授業公開ということを耳にして勇んで駆けつけた。 とはいっても、同じ数学と名がつきながら「数学教育」と我々いわゆる「数学」屋とではずいぶん授業形態が異なるな、というのが授業全体を通しての率直な感想である。まず授業は「小学校の算数に電卓を持ち込むのは是か非か」について肯定派否定派のディベートで始まった。学生の議論を聞いていると双方妥協し合う面もあって、問題点を先鋭に浮かび上がらせることは出来かったように感じたが、私にとっては学生がまがりなりにもこのような議論ができるということ自体驚きであった。翻って自身の授業に反映できるかとなると、内容的な違いもあってなかなか難しいように感じた。 ディベート後の解説も享史先生ならではの魅力あふれるお話しぶりで、時間を忘れるほどであった。ただ気になったのは次の点。なるほど学生はそうした話に惹き込まれて熱心に聴いてはいる。だがその場限りで終わってしまわないだろうか。要点をノートにとるという学生の姿が見られなかったのが気がかりだったのだ。たとえどんなに良い先生のものであっても授業に出るだけではだめ。自ら積極的に学び取る姿勢が大切なのだよ、学生諸君。 講義後のミーティング-4-
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FD活動とFD検討ワーキンググループに関するアンケート(集計結果)過日お願いしたFD検討ワーキンググループによるアンケートの結果をお知らせいたします。なお、回答数は24件でした。ご協力いただいた先生方にはお礼申し上げます。
〇 FDワーキンググループのこれまでの活動について
2.ご自身の授業を公開することについて
3.「FD invitation」について
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4.初任者研修会について
〇FDの今後の活動について
2.講演会に参加したいと思いますか。
3.ご自身の授業改善について日頃心がけていることは何ですか。(例を参考にしてお書きください。)
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4.授業改善について、悩んでいることや知りたいことなどをお書きください。
5.今後の本学におけるFDの活動についてお考えをお書きください。
FD活動とFD検討ワーキンググループに関するアンケート集計結果のまとめアンケートの回答者は24人であり、回収率は20%であった。この数字は、現在のFD活動に対する学部の現状と課題をありのままに物語っている。この数字を少ないとみるか多いとみるかは、人によって意見が分かれるが、少なくともこの24人の回答者は、全員授業公開を「行う意義はある」と答えており、FD活動の積極的な推進者に属する。学部の2割近くの人がFD活動をもう少し積極的に取り組む必要があると考えているのは過渡期のデータとしては良としたい。 まずFDの柱である授業公開の実施方法については、水曜午後の時間帯に設定してほしい、同一授業者の授業公開を複数開いてほしいなど、時間設定の考慮や複数開催の希望が多数寄せられた。また「FD invitation」の刊行や初任者研修の実施についても「やめた方がよい」という回答は皆無であった。今後の活動としてWGは「FD講演会」の開催を検討しているが、「行う意義はある」と全員が回答している。これまでのFD活動を是とする回答であった。 -7-
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つぎに「授業改善に日頃心がけていること」と「その悩み」ついてであるが、これは大きく分けて2つのタイプに分かれる。ひとつは教官と学生との双方向型の授業を目指すものである。ミニット・ペーパー(感想・質問用紙)の提出(毎回)、対話型、発表、意見交換を重視するやり方はこれにあたる。対話を第一義に考える授業形態である。もうひとつは教材・資料などの知の道具を現代化する授業形態である。VTR、写真、パソコンなどのメディアを徹底的に活用する方法である。こうした授業改善の2つの方向は、当然「授業改善の悩み」にもつながる。講義形式の授業でいかに学生との相互交流を高められるか疑問であるという悩みがある一方で、OAを活用したいが、うまく操作できないなどメディア機器を利用するさいの技術上の不安も垣間見せている。しかし重要なことは、この授業改善の2つの方向は一方が他方に対してやや懐疑的なことがアンケートから浮かび上がってくることである。回答者の一人は「Face to Faceで顔をみながら授業をしたい、機器の多用が『工夫』ととらえることにはやや疑問をもつ」とのべている。情報メディアの授業への積極的な導入と、他方でのコミュニケーション術の一層の改善との調和をいかに達成するかという問題がここには潜んでいる。 FD活動は緒についたばかりである。「外部評価の実績作り」に終わらないように地道かつ着実に進めていけば、2割のFD推進派が少しは多くなるかもしれない。 (O)
平成15年度のFDの活動から宮澤 正明 平成15年度FD検討WGの活動は、前期では初任者研修をはじめ公開授業を2回(授業者:池田清彦教官、岩永正史教官)開催し、後期では公開授業を1回(授業者:中村享史教官)開催し、FDに関するアンケートを実施した。この間、「FD invitation」は本号を含めて3回発行した。 本号は、1月30日(金)に公開された中村享史教官の授業を特集した。冬の1時間目の授業にもかかわらず、教官、大学院生、内地留学生など10名を超える参加者があった。中村先生の工夫された授業方法、とりわけ学生参加型授業には参観者一同興味を持った。授業後の協議では少ない時間にもかかわらず、意見・質問が多く寄せられ、本年度最後の公開授業を意義深く終了することができた。詳しい内容は本文記事のとおりであるが、文章から授業の空気を感じ取ることは至難のわざである。願わくは、今後は是非とも教室に足を運んでいただきたい。授業者の工夫や授業の進め方、それらによって受講生がどのように反応し活動し学ぶのか、といった「生」の授業をご覧いただくことがベストであろう。また、「公開」としなくても、授業参観が日常的にしかも気楽にでき、相互に刺激しあえるような状況になることが理想である。FD検討WGの活動はその種まきと考えてこの2年間活動してきたともいえる。 とはいえ、まだまだ手ぬるい活動と言わなければならない。そこで、今回はアンケートを実施し、これまでのFD活動への意見や今後のFDの活動を活性化し定着させるための方策、工夫などをたずねた。残念ながら回答数は少なかったものの、FD活動に対する積極的意見が多数寄せられたので、今後の活動に資したい。 2年間FD検討WGに参画して、公開授業をいくつか参観させていただいたことは幸せであった。毎回それぞれ工夫された授業に感激し、分野は違っても参考になる点を毎回発見できた。先にも述べたが、普段から授業がオープンになっていて気楽に授業改善のディスカッションができる雰囲気がほしい。この数年の間に、FD活動に関わるセンターを設置して大学全体がFDに取り組む大学が増え、泊り込みでFD研修会を開催していることも報告されている。それに比べて本学のFD活動はあまりにも地道であると言わざるを得ない。各教官のFD活動がより見える形で、そして外部にもアピールできる形になることが今強く求められている。来年度のFD活動がより一層活性化することを期待したい。 FD WG 宮澤正明 広瀬信雄 石垣武久 大友敏明 菅沼研一 田中武夫
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